島崎藤村

 島崎藤村の酷薄な筆致がなければ、日本の私小説が特殊な力を得ることは無かった。それは藤村の冷厳に過ぎるまなざしであって、私小説の理論にはない。

 「夜明け前」の終章、発狂して座敷牢で死ぬ父を描く彼の筆致に叙情の痕は微塵も無く、父への追憶など生やさしい言葉を発させない酷薄さでつらぬかれている。そこに妖しいまでに凄然とした藤村の顔立ちを見る。その顔立ちは、藤村の私小説性とは全く無縁なのだ。