新しい文学に向けての断章 六 文字の存在

 物がそこにあるということから生まれる迫力というのがあって、不意に振り返ると、空間の片隅の暗がりに、かの物が、厳然と動かしがたく、ひとつの形を占めている。目を持たぬ物の呼吸は、また次第に、隔てられているはずの私のからだにも侵食してくる。暗い物の顔に無数の見知らぬ目がひらくのを、やがて知る。アウラとも呼びならわされた、物の存在の力。
 文学の存在の力は、作家の自書の内にはない。文学は初めから活字という複製物のなかに生きている。真の物か紛いの物か、問うことはできない。しかし文字はある。文字があるということに、物があるのと等しい存在の力を付与することが、文学のゆめである。複製物が複製物であることをやめ、ただ一つの、そこにある物として立ち現れてくる。抽象の中に生きるという安らかさはすでに無く、文字に触るのが厭われるような異様な瞬間。決してたやすくこちらから侵食し得ない、文字の存在の力。