新しい文学に向けての断章 七  かの「私」/私の知らない私

 「私」のうちには、「私」の決して知り得ない「私」がいる。それはただいることがわかるだけであって、何ものであるかわからない。かの「私」は決して同定できず、永遠に同一性として立ち上げることはできない。そしてまた、かの「私」は共同的なものではない。最も共同体の時間と距離を隔てたところに生きている。「私」自身にも、共同体にも、絶対的に知り得ないところにいる「私」、それこそが本当の意味での個人であり、本当の「私」である。文学はそのような「私」の存在の呼吸を、ぎりぎりのところで聞かねばならない。
 かの「私」はかの「私」だけの時間をもち、「私」があらゆる歴史と無意識に挑んでも、あきらかになることはなく、ただひとり静かに生きつづける。